ペロブスカイト太陽電池に関わる研究開発の歴史
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- 2023.09.06
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次世代太陽電池としてペロブスカイト太陽電池が脚光を浴びています。現在主流である結晶シリコン太陽電池は光電変換効率と耐久性が高い一方で製造コストが高く、発電コストを押し上げています。
一方のペロブスカイト太陽電池は塗布するだけで製造できるために製造コストが安く、発電コストを下げると期待されています。
今回はこのペロブスカイト太陽電池の研究の歴史や最新の研究を紹介します。
・2009年:太陽電池としてのペロブスカイト利用の兆し
ペロブスカイト太陽電池は元々色素増感太陽光電池の研究の一環として発明されました。
色素増感型太陽電池の一部をペロブスカイトに置き換えても太陽電池になるのではないか、と言う発想に基づき、桐蔭横浜大学の宮坂教授のグループによって2009年にペロブスカイト太陽電池が作られました。
宮坂教授は発見後、その可能性に気づき研究を続けましたが、3年間の研究でも変換効率は4%程度しか達成できませんでした。
しかし、宮坂教授のグループ以外でも研究が続けられており、2012年にはオックスフォード大学の研究グループにより変換効率が10%を超えたと言う結果が報告されました。
現在実用化されているシリコン製の太陽電池の変換効率は20%を超える程度です。
研究の初期段階で変換効率が10%あれば高いポテンシャルを秘めていると考えられ、以降世界中の研究者がペロブスカイト太陽電池の研究を始めました。
・変換効率向上への挑戦
以下のグラフは2019年までに第三者機関で認証された変換効率の変遷です。2009年に宮坂教授のグループにより達成された変換効率は3.8%でしたが、2012年にオックスフォード大学のグループにより10%を超え、そこから急激な上昇を見せています。
特に2014年の一年間で4%以上変換効率が上がっており、2009年の報告からわずか5年で20%を超えました。この変換効率の記録更新に伴いペロブスカイト太陽電池の知名度と期待が高まっていきました。
2014年以降は年間に1%程のペースで徐々に上昇を続けており、2019年には25%を超えています。
そして、2023年7月現在では、エネコートテクノロジーズの研究結果による26.1%が最高効率となっています。
最高効率と達成年のグラフ
出典(高牟礼再作成):High-Efficiency Perovskite Solar Cells | Chemical Reviews (acs.org)
一方で、実用化を行うにあたっては変換効率よりも耐久性と製造コストが重視されます。ペロブスカイト太陽電池は結晶シリコン太陽電池に比べて耐久性が低いことが知られています。
ペロブスカイト太陽電池に使用されるペロブスカイト結晶は水蒸気や酸素に弱く、大気中では寿命が著しく低下します。このため、大気に触れないように封止する必要がありますが、それでも結晶シリコン太陽電池の耐久性には及びません。
変換効率が低くても耐久性が高く製造コストが安ければ実用化は可能ですが、耐久性が低いとすぐに寿命が来て使えなくなり、再設置を余儀なくされますので市場での競争力が低下してしまいます。
このため、最高効率を目指す競争から実用に向けた高耐久で低コストのモジュールの開発へのシフトが起こりました。
このペロブスカイト太陽電池の耐久性を向上させる研究が日本で行われており、2023年に京都大学の若宮教授のグループで、様々な特徴を持つ物質を効果的に組み合わせることで、スズ-鉛混合系のペロブスカイトの表面を保護する手法が開発されています。
この研究では、窒素ガス雰囲気中で2000時間、空気中で450時間以上最初の出力の90%を維持しており、変換効率も22.7%と高い結果が得られています。
・実用化に向けた研究開発
ペロブスカイト太陽電池は面積が大きくなるほど変換効率が下がることが知られています。以下のグラフは面積と変換効率の関係を表したグラフです。
最高効率を競っているセルは実際には0.01㎠程度の非常に小さなものです。
1.0㎠を超えると急激に変換効率は低下しており、20㎠程度のモジュールでは変換効率は20%に到達していません。
しかし、800㎠程度の比較的大きなモジュールでは比較的変換効率は近年急激な上昇を見せており、もう数年すると20%の大台を超える可能性が見えてきます。800㎠は市場投入される製品に近いサイズであるため、実用化へ向けて他のサイズよりも開発が進んでいます。
変換効率が20%を超えると現在主流となっている結晶シリコン太陽電池の効率と比較してもそん色はなく、後は実用化に向けて耐久性向上及びコストダウンが焦点になると考えられます。
ペロブスカイト太陽電池はポーランドのスタートアップ企業であるサウレ・テクノロジーズから既に商業販売されており、様々な場所に導入されています。
しかし、変換効率及び耐久性は結晶シリコン太陽電池にはまだ及ばず、今後の発展が期待されています。サウレ・テクノロジーズ以外にも様々な企業が販売に向けた計画を発表しており、日本の企業では京都大学発のベンチャー企業であるエネコートテクノロジーズが車搭載用のペロブスカイト太陽電池をトヨタ自動車と共同開発するなど、斬新なアイデアに基づいた高性能のペロブスカイト太陽電池を開発しています。
・実用化の鍵を握る関連領域の技術開発
ペロブスカイト太陽電池の利点は薄く作れるので柔軟性が高いことと印刷技術を利用して作ることが出来ることが挙げられます。
ただし、薄く作れても基板が硬ければ折角の利点が生かせません。このため、フレキシブルな基板が必要になります。
基板には太陽光を透過させるため、透明で光の吸収率が低く劣化しにくい素材が求められます。基板が光を吸収してしまえばその分だけ発電量が落ちてしまいますので、ペロブスカイト太陽電池用の基板としては光の吸収率が低く劣化しにくい素材であるシリカガラスがよく使用されます。
しかし、基本的にシリカガラスは窓ガラスのように硬く、曲げようとすると割れてしまいますので柔軟性はほぼありませんが、ガラスの組成を上手く調整すると非常によく曲がるガラスが出来上がります。コーニング社のWillow Glassはフレキシブルなガラスとして良く知られており、ペロブスカイト太陽電池の基板として用いられることがあります。このようなフレキシブルなガラスを基板としてペロブスカイト太陽電池を作ると簡単に曲がる太陽電池が作れ、実用化の際の用途が広がります。
もう一つがプリント技術です。ペロブスカイト型結晶を成膜する際には実験室レベルではスピンコーターなどが用いられますが、大量生産ではプリント技術を用いて基板上に印刷し、高温でアニールを行うことで生産することも可能です。
このため、様々な二次元の形状を持つ膜を作ることができるようになり、プリント技術はペロブスカイト太陽電池実用化には無くてはならない技術となっています。
・まとめ
現在ペロブスカイト太陽電池の研究は変換効率競争から耐久性向上やコストダウンへとシフトしており、実用化まであと一歩に迫っています。ペロブスカイト太陽電池の製造コストは結晶シリコン太陽電池よりも数倍低いとされており、耐久性が結晶シリコンに近付くとペロブスカイト太陽電池が主流となっていくと推測されています。